Vol.9

特 集  医療制度が変わった

太田秀樹      医療法人おやま城北クリニック理事長

医療制度が変わって……

昨年、医療制度改革関連法が成立しましたが、改正介護保険と同じく「給付抑制」が最大の目的で、高齢者の負担も大きくなりました。
現在、年間死亡者数は約108万人ですが、国立社会保障・人口問題研究所は2038年に170万人という数字を出しています。2035年にピークを迎えるという予測さえあります。
私たちは170万人を看取る時代を迎えようとしているのです。
超高齢化社会は、裏返せば大量死の時代です。そして、30兆円の医療費のうち約3分の1は高齢者が使っています。
人口減少で支える若年層は薄くなっていく。そういう社会構造なので、国としては医療費を抑制したい、これ以上増やしたくないのです。すでに昨年10月から、利用する人たちの負担が大きくなつています。
1)70歳以上で年収が働いている人並みの場合、自己負担が2割から3割にアップし、2)高額療養費(払い戻し制度)の自己負担限度額も引き上げられ、3)70歳以上の療養病床入院費では食費・居住費が自己負担になりました。08年4月以降は、4)70〜74歳の自己負担額の1割から2割への引き上げ、5)高齢者医療制度(75歳以上)の新設による新たな保険料負担が登場します。
おおた・ひでき●1953年奈良市生まれ。日本大学医学卒、
自治医科大学大学院修了。NPO法人「在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク副会長、在宅ケアネットワーク・栃木代表世話人を務め、在宅医療の普及に取り組んでいる。医学博士、日本整形外科学会認定専門医、日本医師会認定健康スポーツ医、介護支援専門員。
療養病床が削減されると……

そして12年4月以降、療養病床が削減されます。療養病床には介護保険適用と医療保険適用の2種類で38万ベッドといわれていますが、医療の必要度の高い人たちの15万ベッドを残し、残り23万ベッドを、老人保健施設や有料老人ホーム、ケアハウスなどに転換することが予定されています。
昨年の診療報酬改定では、患者分類による評価が導入され、比較的病状の軽い「医療区分1」の入院継続や受け入れが困難になっています。
そのうえ療養病床がなくなれば、患者は難民化します。お金がない、行き場がない、だから在宅を選ばざるを得ないというグループが出てくるのです。今でも所得によって二極化している状況が、さらに加速するでしょう。

地域で看取るには……

今、特別養護老人ホームを含めて死亡者数の50%くらいが「在宅死」といわれ、病院ではなく地域で亡くなっています。
170万人死亡社会になったとき、せめて80万人くらいは地域で看取ってほしいというのが国の言い分です。その受け皿として昨年、新設されたのが在宅療養支援診療所(在療診)で、入院期間を短縮し、退院後の訪問診療や終末期の看取り等を担うとされています。
在療診は現在、1万件の届け出がありますが、この1年間に在宅で看取られた人は、病院以外の死ということで14%とすると15万人になります。往診をしていても20万人。在療診として届け出てない従来型の診療所での看取りもありますが、ここで仮に、在療診がすべての看取りを担うと仮定すると、1カ所で20人看取っている計算になりますが、実際には10人以上看取っているところは500件しかないといわれます。
在宅関係の診療報酬が上がっているので、在宅医(ホームドクター)は増えています。しかし、在宅医には、免許を手にし数年の医師から臨床経験が30年以上のベテラン、病院を退職した人までいますから、質の担保がむずかしくなっている面もあります。
また今後、地域で看取るには、ケアマネジメント機能や訪問看護ステーションの充実が重要になります。
何のために生きるのか……

病院での医療は、人より臓器の病気を看ます。まず救命が目標で生きていればいいし、命の量を第一義としますが、在宅医療には何のために生きるか、自己実現のための医療的支援という課題があります。

たとえばガンの場合。海外では病院で亡くなるのは30%ぐらいですが、日本では93〜94%にもなります。患者が最後まで闘い抜くのが日本だといえます。
病院医療のほうが長生きできるかもしれないけれど、延命治療の果てに苦しみ抜いて死ぬのは人間らしくない。ナチュラル・デスを望む人がいてもいいわけで、病院か在宅か選択できることが大事ですね。
ただし、ナチュラル・デスとは何もしないのではなく、適切な医療が提供されるべきです。適切な医療は場所を選びませんから、施設でも在宅でも可能です。
生きがいも尊厳も守る、すべてのニーズに応えるものです。そのためには、選ぶ側にもしたたかさが必要かもしれません。
そういう意味では、有料老人ホームや高齢者向け優良賃貸住宅、高齢者専用賃貸住宅など「共生型の住まい」は、未来型ではないでしょうか。医療と介護はアウトソーシング(外部委託)にしている点で、高齢者の終の棲家として理にかなっていると思います。

医者とじょうずに付き合うには……

「共生型の住まい」の問題点をあげるとすれば、老衰への対応でしょうか。
高齢期には、もうダメかと何度も思いながらも、わずか1本の点滴で持ち直す人も多いものです。
肺炎ならほとんどの場合はしっかり治療すれば治せる可能性が高い。何もしなくていいわけでは決してありません。
酸素と抗生物質の投与であれば在宅でも実施でき、救命できたということも往々にしてあります。
「満足死」(本人も家族も医療チームも満足して死を迎えること)という言葉の独り歩きも問題です。
たとえば、入居している人が眠ったままお亡くなりになった。まわりは「安らかに逝けてよかった」と、何の疑問も感じない。しかし、介護記録を見ると、1週間前から熱が出ている、3日前からおしっこが出ていない。これが何らかの合併症の急性期であることは、准看護師でも介護士(ケアワーカー)でも、いつもと違うとピンとくるセンスがあればわかることです。
ただし、急性疾患を合併したのか、老衰なのか、高度な専門的判断を要し、専門職であっても、せめて半年くらいその人と関わっていないと診断はむずかしいかもしれません。
また、どんなに臨床経験の豊富な立派な医師でも、そりが合わなければ患者さんは信頼を寄せることができないと思います。
まず、自分の感性で選べることが大事になります。たとえ嘱託医がいたとしても、気の合う医師を選べるのがいい。
症状が安定していたら3カ月分の薬を出してくれる、調子が悪ければ毎日でも往診してくれる、急なときのために電話番号を教えておいてくれるそんな医師がおすすめですね。

[まとめ:小竹雅子]  




ご入居者様からの声  老・老介護について                    Y・F様

最近特に老・老介護という言葉が度々紙面を賑わしたり、またTV放送などを通じて、広く一般に知られるようになった。文字通り老人が老人を介護することだが、健康の者でも体力を維持するのが精一杯で、たとえ夫婦の間でも介護することは困難である。

私たち夫婦の場合もまさにこのケースで、妻の介護を私一人で支えてきたが、腰痛になり限界の極に達してきた。
このままでは共倒れは必死と、弟妹の薦めもあり、4年前、カルデアに入居することになった。
幸い優れた施設と、看護師をはじめケア職員の皆様の心の籠ったサービスを受け、残された人生を楽しんでいる。
高齢化を迎える日本にとって、老人に対する心身のケアこそ最重要課題の一つと考える。少なくとも老・老介護は昔話になってほしいと思う。


ご家族からの声  母の笑顔にふれて                     N・N様

両親と子ども6人のわが家は、それだけでも大家族でしたが、社交的で明るい母は、人を招くのも大好きでしたので、わが家はいつも大賑わい、笑い声が絶えませんでした。
私たちが結婚し、父も亡くなって一人になった母は、永年住み慣れた家を処分して、カルデアの家に移り住むことを決めました。

初めの頃は寂しさと戸惑いもあったようですが、部屋から見える教会の十字架が、とても心の支えになっていたようです。そして何よりも職員の皆さんの温かい心遣いが、母にはとても心強く、嬉しかったのでしょう。
病気もせず、笑顔で出迎えてくれる母を見ますと、こちらも心が和み、カルデアの皆さんに感謝せずにはいられません。
これから先の人生もまた、心安らかでありますよう、願う次第です。


ケア職員からの声  私の笑顔                            M・S

私が心がけていることは、ご入居者の方に笑顔で元気にあいさつすることです。
ご入居者の方も笑顔でお返事をくださいます。今日も一日、頑張ろうと思うことができます。

笑顔で明るくをモットーにご入居者様と接していますと、ご入居者様も自然に笑顔になり、そのことが嬉しくて、私はまた笑顔になります。毎日の生活の中で、一回でも笑顔になり、快適に暮らせるように努力していきたいと思います。