回想法の注意点は?
健康に暮らしている方と普通にお話しする流れの中で回想法を取り入れるときには、そんなにびくびくすることはありません。その方にとって誇らしいこととか、本人が話したいのに普段はなかなか聴いてもらえないというようなことについては、興味を持って聴く人がいるということ自体に意味があります。
ただ、多少なりとも心が弱くなっていたり、体の機能が衰えている状態、ちょっと鬱だったり、認知症だったりする方の場合には、過去の古傷にむやみに触れるようなことになってしまうのは注意しないといけないと思います。 |
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私たちが注意しているのは、会話の最後は現実に戻すということです。戦争のころや子供時代など昔の話を夢中になって話していても、生きているのは今ですから、たとえば、「これからはどういうご予定ですか」、「今日の夕食は何でしょうね」と、現実の話題に戻すというのが大事です。
普段私たちでも人と会って昔の話で盛り上がっても、そろそろ電車の時間だとか、最後にどこか現実に戻して別れてますよね。たぶんそれが自然の流れなのかもしれません。昔にどっぷり浸りつつ、最後にはそこからすっと離れるというような気遣いを示すということです。
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施設のケアスタッフはみんな忙しくて話しかけたら悪い、
余計なことを言うと足止めさせてかわいそうと、
ご入居者のほうが気遣っていると聞きますが。
第三者の存在は大事なんじゃないでしょうか。傾聴ボランティアとか近所の人が訪れるとか、外からの風が入るといいですね。
学生が卒論を書くために施設とかお宅に伺うとき、最初は話してくれるだろうかと不安に思うらしいのですが、いざお会いしてみるといろいろ話してくださる。「あなたに聞いてもらってよかった」と、学生はねぎらわれて、励まされて帰ってくるんですよ。
独りでいると独り言が増えるのは無理もないことです。亡くなったご主人の遺影向かってずっとしゃべり続けたとしても自然なことなのですが、そういうときに誰かと思いや経験を分かち合える時間をもてたらと思いますね。
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団塊世代が定年に入ったせいか、テレビでも
懐かしのポップスとか映画とかが放映されています。
回想法と通じるものを感じるのですが。
回想法では、昔の写真とか音楽とか、古い時代のものをきっかけに話が弾むことはあります。ただ、話を聴いてあげるという尊大な態度ではなく、聴き手自身がほんとに知りたいと心から思うことを話題にすることが大事です。
そして、過去にとどまるわけではなく、自分が歩んできた時代とか、自分のやってきたことを振り返って確認しながら前に進んで行くというプロセスの中で、懐かしい映画とか音楽とかがあるわけですが、毎日が「三丁目の夕日」だったら飽きちゃうと思う。
今生きてる日常があって、未来があって、ときどき過去がいいんです。過去の話題だけとか、回想法が一人歩きしないように注意しなくてはいけない。昔の話を伺うときにも、過去の遺物に貶めない、必ずその方の今とか将来にも眼を向けることが大事だと思います。
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