Vol.13


黒川由紀子   [上智大学教授・慶成会老年学研究所所長・臨床心理士]

回想法の訓練を受けていない人でも
聴き手になっていいのでしょうか?


へたなプロより優れた素人ということもありますし、自分は聴き上手だと思っていても、相手からするとそうじゃないということもあります。一番大事なことは、慎み深さをどこかに持ちながら、踏み込みすぎずに大切に話を受け取る存在になることだと思います。
普通に人として、人とかかわる作法とかセンスとかがそれなりにあれば、日常のいろいろな高齢の方とのかかわりの中で、その方にとって大切な人生の物語とか、過去の宝である歴史を受け取っていかれると思います。

孫がおじいちゃんやおばあちゃんから話を聴くというのもいいですし、ふと公園のベンチで隣り合った人が語り始めたときに聴くとか、いろんな場面があっていいんです。
多くの年配の方は「どうせ自分の話をしても若い人は関心がない」と思いがちですが、高齢の方たちの生き生きした体験を聞きたいと思っている若い人もたくさんいますので、自信を持ってぜひ伝えていただきたいですね。
人が生きていく上で、うれしかったり悲しかったり死にたいと思ったりするような基本の感情は、時代を超えて、そんなに変わらないと思うんです。
くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒、上智大学大学院博士課程修了。東大医学部精神医学教室勤務等を経て、’98年、内科医、精神科医、ソーシャルワーカーらと慶成会老年学研究所を設立。主任研究員を経て、2000年代表に就任。共著に『回想法グループマニュアル』『回想法への招待』、編著に『老いの臨床心理―高齢者のこころのケアのために』、訳書に『回想法の実際――ライフレビューによる人生の発見』『認知症と回想法』など。
回想法の注意点は?

健康に暮らしている方と普通にお話しする流れの中で回想法を取り入れるときには、そんなにびくびくすることはありません。その方にとって誇らしいこととか、本人が話したいのに普段はなかなか聴いてもらえないというようなことについては、興味を持って聴く人がいるということ自体に意味があります。
ただ、多少なりとも心が弱くなっていたり、体の機能が衰えている状態、ちょっと鬱だったり、認知症だったりする方の場合には、過去の古傷にむやみに触れるようなことになってしまうのは注意しないといけないと思います。
私たちが注意しているのは、会話の最後は現実に戻すということです。戦争のころや子供時代など昔の話を夢中になって話していても、生きているのは今ですから、たとえば、「これからはどういうご予定ですか」、「今日の夕食は何でしょうね」と、現実の話題に戻すというのが大事です。
普段私たちでも人と会って昔の話で盛り上がっても、そろそろ電車の時間だとか、最後にどこか現実に戻して別れてますよね。たぶんそれが自然の流れなのかもしれません。昔にどっぷり浸りつつ、最後にはそこからすっと離れるというような気遣いを示すということです。


施設のケアスタッフはみんな忙しくて話しかけたら悪い、
余計なことを言うと足止めさせてかわいそうと、
ご入居者のほうが気遣っていると聞きますが。


第三者の存在は大事なんじゃないでしょうか。傾聴ボランティアとか近所の人が訪れるとか、外からの風が入るといいですね。
学生が卒論を書くために施設とかお宅に伺うとき、最初は話してくれるだろうかと不安に思うらしいのですが、いざお会いしてみるといろいろ話してくださる。「あなたに聞いてもらってよかった」と、学生はねぎらわれて、励まされて帰ってくるんですよ。
独りでいると独り言が増えるのは無理もないことです。亡くなったご主人の遺影向かってずっとしゃべり続けたとしても自然なことなのですが、そういうときに誰かと思いや経験を分かち合える時間をもてたらと思いますね。


団塊世代が定年に入ったせいか、テレビでも
懐かしのポップスとか映画とかが放映されています。
回想法と通じるものを感じるのですが。


回想法では、昔の写真とか音楽とか、古い時代のものをきっかけに話が弾むことはあります。ただ、話を聴いてあげるという尊大な態度ではなく、聴き手自身がほんとに知りたいと心から思うことを話題にすることが大事です。
そして、過去にとどまるわけではなく、自分が歩んできた時代とか、自分のやってきたことを振り返って確認しながら前に進んで行くというプロセスの中で、懐かしい映画とか音楽とかがあるわけですが、毎日が「三丁目の夕日」だったら飽きちゃうと思う。
今生きてる日常があって、未来があって、ときどき過去がいいんです。過去の話題だけとか、回想法が一人歩きしないように注意しなくてはいけない。昔の話を伺うときにも、過去の遺物に貶めない、必ずその方の今とか将来にも眼を向けることが大事だと思います。



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高齢者の将来の詰って何があるんでしょう?

将来っていうのは、何か新しいことをやるとか、明日の予定が埋まるということとは限りません。高齢者の将来には死を含みます。

年配の方は、実は、どうやって死ぬか、それまでにやっておきたいことは何か、物の整理や心の整理をどうつけておくか、葬式には誰に来てほしいかなど、真剣に考えています。

それなのに年配の方って、自分がどう死ぬかを若い人たちに相談しにくい。「そんなことを言ってないで今を生きようよ」「もっと楽しいことを考えようよ」と否定されますから。でも、楽しいことを考えるために、終着地というものについて考えて、納得のいくかたちで生きたいと思っていらっしゃる。

たとえ「野となれ山となれ」と言っている人だって、うっすらとは考えているんですよね。ですから、将来といったときには、死とか死後の世界とかを話題にしてもいいんじゃないかと思うんです。

話題は普通の人同士のやりとりが基本で一番大事。その普通が案外難しかったりするんですよね。





ご入居者からの声
私のカルデアの家 中瀬幽香子さま

「つまびきの 音のさえるに  弟子をらず」

この川柳は、ある役員のかたに、ささげたものです。
カルデアでの私の生活は、朝食は部屋で、昼食と夕食は食堂で、いつものお仲間と話したり、笑ったりと、にぎやかなときを過ごします。身内のような方たちとのヤリトリは、時間のたつのも忘れ、つい一番最後まで食堂に残ることがあります。4年前、右足と右手を骨折して、1カ月あまり入院しました。

退院の日、役員さんやケアの方々が大勢、玄関に出迎えてくださいました。私は、私の家にやっと帰って来たと、ほっと一息つきました。このようなときは、カルデアに居てよかったと、つくづく思います。

ご家族からの声
情報交流 瀬田惠子さま

「カルデアの暮らし」を伯母、砂田眞子がスタートさせて三カ月。
館内ですれ違う方々に初めてお会いした感じがしない。そういえば、テレビスポットやパンフレット、この「ハッピー・エイジング」の主筆、主賓はすべて居住者とスタッフの皆さんだ。

入居前からお知り合い♀エ覚にしてしまうカルデアの情報発信力の高さに脱帽。そして、伯母と一緒にカルデアの生活の中から心の栄養をたくさん頂戴しようと、中年の姪はもくろんでいる!

ケア職員からの声
答えは
一人ではなく
みんなで考えていく
高山泰幸(生活相談員)

私が生活相談員として何よりも優先していきたいことはただ一つ。「人と人が繋がっていけるようアプローチをしていく」です。
とりわけ今の課題は、職員間でのチームワークの向上をいかに図れるか、それを皆で考えていけるような環境設定です。どんなに優秀な人材やシステムがあっても、個人個人ばらばらに仕事をしていては、職員のストレスにも影響が出てくると思います。
ちょっとした気遣いや支え合いが双方向にできるような、そんな環境を皆でつくれるように、そのきっかけをつくれたらと考えています。